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サンセットライン 明石海峡を渡って、西側には「サンセットライン」という素敵な名前の付い た県道31号線が走っています。
そして、東側から島を縦断しているのが国道28号線です。 平成10年に明石海峡大橋が完成、神戸淡路鳴門自動車道が淡路島を縦断し、神戸と徳島をつないでいます。 播磨灘に沈む夕日 と大阪湾に昇る日の出が素敵なのだそうです。播磨灘に面した我が家からの夕日を見るのが楽しみです。
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明石海峡大橋 タコフェリーから いつもは車で通る明石海峡大橋、フェリーからの眺めです。 淡路島って、船で行くの?似の島より大きいの?ってきかれます。 高速道路が通っていて、もちろん橋もあって、それに国道も通っているよって答えます。 -△-
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2004 夏 バーベキュー、花火、海水浴
夏休み、娘や孫たちとの賑やかな一日です。 バーベキューの炭に火を付けるのに一苦労で、すっ かり暗くなってしまいました。 花火、そして翌日は海水浴をして孫たちは大喜びでした。 -△-
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2004.9.14 田園風景
早朝、漁港とは反対の山の方に向かって細い道を歩いてみまし た。 50年も前の幼い頃に見たような、懐かしい田園の風景が広がり、稲刈りが終わったあぜ道には、彼岸花が咲いていました。 神戸淡路鳴門自動車道が遠くに見えます。-△-
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2004.12.5 台風
日本列島を縦断した10月の台風23号以来、気になりながらやっと来ることが出来ました。北淡インターを降りて通ったサンセットライン、土砂崩れの無残な爪あとが今も残っていました。 12月だというのに4日夜、台風の影響で淡路島は強い雨と風でした。30年以上のマンション暮らしで、雨の音も風の音も知らずに過ごした私は、
大阪で育った子供の頃の、台風におびえた夜を思い出し、眠れませんでした。 5日早朝、海は暗く濁っていました。56歳で亡くなった兄の7回忌のために大津へ向かう車の助手席から、暗い空と明石海峡大橋を撮りました。 大津に着いて、近江大橋にきれいな虹が出ていました。-△-
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2005.1.21 黒岩水仙郷 ドイツから帰郷していた友人の娘さんの見送りをかねて、淡路島へ。 いつも慌しくトンボ帰りで、ゆっくり観光することも無かった淡路島、友人母娘と一緒に黒岩水仙郷、鳴門海峡渦の道へ行きました。海に面した斜面
いっぱいに咲く水仙はとても見事なものでした。 翌朝、津名港からフェリーで95分、関空へ。旅立つ娘を案ずる友人。ドイツと東京という距離の違いはあっても、
一人暮らしをする娘たちに、私たち夫婦も経験した「行かないで、心配させないで帰ってきて」という気持ちいっぱいの、胸の痛む見送りでした。 あの頃は、いてもたってもいられないくらい心配ばかりしていたっけ。どうしてあんなに心配したのかなぁ・・・・・。 見送りのあとは5時間のドライブで無事広島へ帰りました。
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2005.2.27 夕日 いつもは車で行く淡路島、初めて新幹線とバスで、一人で行ってみました。 朝、9時31分広島発の「のぞみ」に乗り、新神戸から高速バス、そして島内バスを乗り継いで、12時30分「黄色の我が家」に到着しました。 北淡ICバス停横、川や田んぼに土嚢が詰まれたままでした。バスを待っている若者に尋ねると、「去年の台風で流されて、自分の家の田んぼも池も
被害が大きくて、3年くらいは米が作れない。」とのこと。改めて台風の被害の深刻さに
驚きました。 いつもは日が暮れてから到着して、翌日明るいうちに出かけるので、どのあたりに沈むのかなって思っていた夕日。我が家から、水平線に沈む夕日
を初めて見ることが出来ました。 帰りは県道(サンセットライン)を50分歩いてやっと郡家へ到着、予想以上に遠くてびっくり。郡家から三宮まで高速バスで1時間、そしてさらに高速バスで4時間、夜8時45分
、無事に広島に到着
しました。 -△-
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2005.3.22 市町村合併 いよいよ引越しまで一ヶ月足らず、準備のために行った淡路島。 役場へ行きました。 小さな町役場でしたが、玄関フロアーでは、タッチパネルで「町のホームページ」が自由に見れるようになっていてびっくり。住民票や印鑑証明などは、ボタンを押
して暗証番号を入れて出せるようになっていてこれにもびっくりでした。 職員の方によると、4月1日からは合併して「市」になるので、これらは使用できなくなるとのこと。 ホームページの町図書館蔵書検索で、読みたい本を探して、借りに行こうと楽しみにしていたのだけれど、どうなるのかな?ちょっと心配です。
「○○郡○○町、どこですか?」っていつも聞かれたけれど・・今度からは、「○○市・・ああ、淡路島ね」って言ってもらえるかな・・。 -△-
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2005.4.15 引っ越し
4月15日に荷物を積み出し、翌日16日に到着、とうとう淡路島の住人になりました。
「
天気男」の夫のおかげで晴天の暖かい日の引っ越しでした。 引っ越し荷物と同じくらいの量の「ゴミ」を処分して、スリムになって新しい生活のスタートです。
引っ越しの準備から片付けまで、広島の仲間の皆さんの苦労を惜しまない応援に感謝、そして引っ越屋さんの丁寧な仕事ぶりにただただ感動の日々でした。 黙々と手際よく荷物を運ぶ、引っ越し屋さんのお兄さん達は、かわいいマークの付いたおそろいの、黒い靴下をはいていました。-△-
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2005.4.17 ご近所さん ご近所さんは別荘にしているお宅が多くて、休日以外はお留守がほとんど。 一軒おいてお隣さんは、ご夫婦の二人暮らし。10年前に定年退職して大阪の守口から移住して、のんびり田舎暮らしを楽しんでおられる。「今の時期は、海岸へわかめを取りに行ったり、裏の山へ山菜採りに行ったりと楽しいことがいっぱいありますよ・・・
」と楽しそうにお話しされ、私達が引っ越してきたことをとても歓迎して下さっています。 引っ越しの日の我が家からの漁港風景です。-△-
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2005.4.18 ミニカ
淡路島での、私の足となる「ミニカ」がやってきました。 広島では、オートマ限定、昼間限定、晴れの日限定、おまけに指導員(夫)付き運転だったけれど・・。 これからは、このミニカで自立運転。島内を自由に走り回る予定です。小さくても、方向音痴の私のために、カーナビ付き、そして淡路島を縦走している高速道路
を通るために、ETCも付いています。
コルトの横に寄り添うミニカです。-△-
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2005.4.29 プラズマテレビ
昨年から何かとお世話になっている、ご近所の電気店さんに42インチのプラズマテレビを取り付けてもらいました。アンテナの工事、取り付けなどに昼前から夕方までかかっての大変な工事でした。 工事が終わって、大きな画面の迫力と美しさに大感激しています。 地上デジタル放送の開始は、1年ほど後とのこと、楽しみです。
なにしろ、私たち団塊の世代はテレビっ子世代でもあるのです。-△-
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2005.5.3 5月の夕日 夕日はいつも同じ場所に沈むのではないことを知りました。 季節の移ろいとともに、その様子や場所が移動していくの です。 2月に見た夕日は水平線に、そして5月山影に沈んで行きます。 連休にやってきた孫たちと遊んでいて、夕日に気づいてあわててカメラを向けました。-△-
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2005.5.13 挨拶状 何度かの広島行きや連休でばたばたと過ごした一ヶ月、やっと落ち着いた毎日になりました。 良い写真がなくて気が乗らず、時間がかかっていた退職と転居の挨拶状がやっと完成しました。郵便局の窓口の若い女性がとても親切で、切手を貼るのを手際よく手伝ってくれて大助かりでした。そういえば、転入届を出した時の役場の窓口の女性もとても親切でした。 プリンターのインクを取り寄せてくれたお店のかたも、とても親切だったし、慣れない土地で、いちいち感激している毎日です。-△-
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2005.5.25 天体望遠鏡 処分せずに持ってきた荷物の中の一つ、天体望遠鏡です。 街中で夜も明るい広島の家では、山の上に持って上がったり、田舎に運んだりするのが大変でした。すっかり忘れられて、ほこりまみれになっていたのですが、捨てずに持ってきました。 ウッドデッキに出して、きれいにお掃除、大丈夫、まだ使えそうです。 淡路では、家にいながら流星や彗星が見られそうです。 海に浮かぶ島々を覗くと逆さに見えます。-△-
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2005.5.26 美湯(ビュー)松帆の郷 海岸に沿って、カーブがいっぱいのサンセットラインを北へ。 野島断層、そしてさらに北へ明石海峡大橋の直ぐ近くの松帆の郷へ行きました。 露天風呂からも、直ぐ目の前に明石海峡大橋が見えました。-△-
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2005.6.4 95歳の義母
広島の夫の故郷から、95歳の母がやってきました。 ご飯もパンもお肉も野菜も少しだけど、しっかり食べてとても元気。 80歳を超えるまで、農業とイグサの機織をしてしっかり働いていた母は、私たちが仕事をやめたことが納得いかず、「働かにゃいけん!遊んどっちゃいけん」と繰り返し言って3泊して帰って行きました。 末息子(夫)にお風呂に入れてもらってさっぱり、お昼寝のあとウッドデッキでコーヒータイム、カメラを向けるとポーズをとってくれる母です。
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2005.6.10 図書館と神社
役場(合併後は総合事務所)のお向いにある図書館へ行きました。 図書館といっても、公民館の1階にあって、小学校の図書室くらいの所でした。入り口の脇にある雑誌をゆっくり読むことが出来ました。 広島にいるときは、本屋さんでの立ち読みも気が引けてついつい買って帰っては、夫に「これは捨てていいの?とっておくの?」って言われていたけれど、図書館で新刊を読むのはとても経済的で合理的。  公民館の隣に小さな神社があって、子供たちが遊んでいました。 写真は、神社で遊ぶ子供たち、そしてお堂の横の垣根に咲いていた紫陽花。 震災のあと建て替えられたのでしょうか、真新しいお堂や鳥居が印象的です。-△-
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2005.6.11 ラベンダー
お隣さんに「ハーブ摘みに行ってきたのよ」って、頂きました。 ラベンダーの香りが部屋いっぱいに広がります。 車で10分ほどの所にある「パルシェ香りの湯」という温泉の横にラベンダー畑があります。 今年は雨が少なくて、いつもより不作だったとか。 「ハーブ摘み・・」なんて素敵ですね。 そしてたまたまであったお隣さんに無造作に一掴み「どうぞ」なんて・・・・。 温泉のお向いにある「香りの館」ではいろいろな催しが行われているのだそうです。 今度いつか参加してみなくては、楽しみです。-△-
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2005.6.13 横笛 子供たちが巣立ち、夫婦2人の生活になった時に始めた横笛です。 次女が里帰り出産で帰って来たのを機に、すっかり止めていました。 それまで、6年間ほど練習したのだけれど上達しませんでした。 「うまくなった?」って問うと、「まともに聞きよったら我慢できんよ。耳には入って来んようにしよるんよ、うまくなったかなんてわからんよ。」といつも笑っていた夫。 淡路に来て、取り出して吹いてみました。こちらには先生もお仲間もなくて、審査や発表会も無いけれど、一人で練習してみると結構楽しい。夫には又少し我慢してもらわなくては・・です。-△-
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2005.6.24 海を眺めながら、パソコン遊び
ガラス戸の外には漁港が見えます。 家の中でも、生活の中でも大きな位置を占めているパソコンです。 パソコンの無い生活は考えられない毎日です。
梅雨だというのに、いっこうに雨が降りません。 淡路では、水不足大丈夫なのかな。 ちょっと心配です。-△-
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2005.7.5 温水プール 昨日、雨の中津名にある温水プールへ行きました。 久しぶりの泳ぎはとても気持ちよかったです。 広島では家の近く、NHKのそばの東急スポーツオアシスのプールで泳いでいました。泳ぎのあとはジャグジーやサウナやお風呂に入ってサッパリだったのですが・・。 こちらは市営プール、お風呂はなくて閉館時間も早いし、何よりも家から車で20分はかかるところ。 一昨年11月の骨折のあと、足が痛くてやめていた水泳です。 昨日は足の痛みも無かったし、やはり泳ぎは楽しい。 スキューバーダイビングをする計画だったのに、骨折で計画は中断中 。-△-
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2005.7.6 蛸と鯵
お隣さんに、とれたての蛸と鯵を頂きました。 たくさんの蛸にびっくり。グニャグニャとした生の蛸は初めて。 しかもいっぱいです。 悪戦苦闘して、どうにかゆで蛸になったところです。 蛸のお刺身と、味噌煮、そして鯵の塩焼き、とてもおいしくできました。 二人ではとても食べきれない量、残りは冷凍にしました。 何日かかけてゆっくり頂くのが楽しみです。-△-
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2005.7.23 赤い屋根 津名インターの近く、淡路の産直市場「赤い屋根」へ行きました。 わかめ・昆布・玉葱、さつまいも、ちりめんじゃこや淡路産のお米がありました。鳴門オレンジはもう終わっていました。 お米を買うことにして、玄米でとお願いすると、ずいぶん割安にしてもらうことが出来ました。広島市内にはコイン精米所が無くて、田舎からもらった玄米は小さな家庭用精米機で精米していました。 赤い屋根の中のお店「こだわり屋」のお兄さんは、インターネットで見た写真のようにとてもいい笑顔で、「淡路産の米しかないよ!」って言
いました。今日から、我が家の食卓は淡路産のお米です。-△-
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2005.7.23 淡路景観園芸学校と花さじき 広島の友人は、淡路に行ったら是非淡路景観園芸学校へ行きたいとのこと。是非下見をしておかなくてはと、一人運転で出かけました。 夫が留守
の間の大冒険、今ではミニカは私の良い相棒です。 淡路の道に慣れたとはいっても、いまだに一人で出かけるのは、北淡インター、郡家のスーパーや銀行、郵便局、それに津名インターの近くのホームセンターまで。 所々細くなった道をどきどきしながら進んで40分程で到着しました。でも、人影は無く「見学自由」の立て看板は有っても、どこからどのように入るのかわからずじまい。 きちんと調べて、又誰かに聞いてみなくてはと諦めて帰りました。 途中、花さじきに寄ってみました。展望台からお花畑の向こうに広がる大阪湾や明石海峡大橋のながめは素敵でした。-△-
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2005.7.31 ごっさひまわりまつり
北淡インターの近く五斗長での、「ごっさひまわり祭り」です。 五斗長(ごっさ)地区は昨年の台風23号で、ため池の決壊、農地の崩壊、河川の氾濫など大きな被害をうけました。 満開のひまわりが、五斗長の人々を元気付け、災害復興への足がかりとしておこなわれたひまわりまつりです。 今日一日、流しそうめん、もちまき、花火のプレゼント、花の種プレゼントなどのイベントが おこなわれ
ました。 おみやげに大きなひまわりと、種をいただききました。 ひまわり畑の向こうに海(播磨灘)、とても素敵なところです。-△-
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2005.7.31 バーベキューの会
淡路の新しいお仲間が私たち夫婦を歓迎して、バーベキューの会をしてくださいました。
たくさんの淡路牛、そして採れたてのタコやとうもろこし、どれもおいしくて楽しい会でした。 北淡インターから、車で奥に入った田園地帯、大きな農家のお庭です。 夜が更けて、明かりを消すと180度満天の星空、北斗七星、北極星が真上に大きく見えて、しばし星の観測会になりました。-△-
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2005.8.3 北淡納涼夏祭り・花火大会
北淡インターのすぐそば、育波漁港での、北淡納涼夏祭花火大会です。 賑やかなお祭りの中、波止場をどんどん歩いていくと人影も少なく、漁船が静かに並んでいました。 お祭りの最後を飾る500発の打ち上げ花火、真近から見ることが出来ました。 広島の宇治の花火大会や、宮島水中花火大会のように、大勢の人波に押されたり、遮られること
も無い、広い波止場からゆったりと見た花火です。-△-
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2005.8.27 映画「ガラスのうさぎ」
お友達に誘われて、洲本へ映画を見に行きました。 映画「ガラスのうさぎ」は、12歳の少女が戦争・東京大空襲下の体験を通して、戦争の本当の悲惨さや恐ろしさを知り、そして、その後の混乱と厳しい生活を生き抜きながら、平和への願いを渇望する感動の、アニメ映画です。 終戦から60年経った日本、戦争の悲惨さを体験していない私たちの世代、戦争を知らない最初の世代である私たちは、両親や兄姉から聞かされた戦争の悲惨さを
、子供や孫たちにしっかり伝 え、平和の尊さを伝えて行かなくてはという
決意を新たにしました。 映画会を運営、お世話をされていたのは、洲本「新日本婦人の会」の皆さん。淡路の女性の皆さんとても元気。 そういえば、明日は「広島県母親大会」、生き生きと準備をしておられた広島の女性の元気な姿が目に浮かびます。 映画のあと、誘ってくださったお友達と、レストランでランチ、楽しい時間でした。-△-
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2005.8.28 産直朝市
淡路ではいろいろなところで、朝市が開かれています。 お友達に、車で10分くらいの所の、「パルシェか おりの館」で毎週土日に産直朝市があるよって、教えてもらって早速行ってみました。 夫の大好物のトマトとイチジク、その他スイカ、きゅうり、ねぎ、しし唐、オクラ、人参などたくさんのお野菜を買いました。玉葱とかぼちゃはお友達に
いただいたのがあるので、今回はパス。 あまりのお安さにびっくり、そして何よりも採れ採れの新鮮さに大感激です。 真っ赤な鷹の爪がとても可愛くて二つも買って、台所に飾って見ました。 今度は、育波漁港の朝市にも、行ってみなくてはです。-△-
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2005.8.31 淡路島を案内
淡路夢舞台での会議に参加のために淡路を訪れた、広島の友人を案内しました。 会議の終了を待って、夢舞台国際会議場でお迎え、我が家に一泊、そして翌日淡路島は初めてというお花の好きな友人と行ったのは、「パルシェかおりの館」、「花さじき」、「兵庫県立淡路景観園芸学校」
、そして「北淡震災記念公園」。 運転の練習を兼ねて、何度か行っていたおかげで、迷うことなくスムーズに車を走らすこと出来て、本当に一安心。 あいにくの曇り模様で、美しい海の景観は無かったけれど、かんかん照りからまぬがれて、8月最後の一日ゆっくり散策す ることが出来ました。 写真は、ランチをいただいた景観園芸学校のレストランの上の屋上庭園からの眺め、そして明石海峡、大阪湾を望む花さじき。
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2005.9.4 草取り
淡路島に来て、悩まされるのは雑草の成長と虫。 気になっていた草、今日やっと半日かけて刈り取りました。 途中、熱中症のような症状が出現、慌てて冷たいお茶を飲み、 休みながらの作業でした。 作業のあと、二人ともくたくた、シャワーを浴びてお昼寝。 夕方になって、やっと起き上がることが出来ました。運動不足、体力の減退を痛感した一日でした。-△-
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2005.9.7 播磨灘
毎日見ている海の眺め、播磨灘と漁港です。
台風が過ぎて、太陽に照らされた海が白く光っています。 そして、今日はめずらしく海の向こうに島影が見えています。 右側に小さく見えるのが小豆島。 水平線がくっきりとのびている時、海と空が一つの青になっている時、 いろいろです。海の色の日々刻々の変化に、いつも驚きます。 本当に不思議です。-△-
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2005.9.16 メロンパン
郵便局の前の、ちょっと大きな本屋さんの駐車場に、毎週金曜日の午後、パン屋さんがやってきます。 車に積み込まれたオーブンで焼いた、焼きたてのメロンパンです。 夫の大好物のサンライス、淡路島では「サンライス」のことを「メロンパン」といいます。 「淡路島には、おいしいサンライスを売っているお店がないね・・・」と嘆いていたけれど、見つけたのです。 焼きたてのおいしいサンライスに大満足です。-△-
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2005.9.18 看護をよくする会と信州の旅
★ 信州松本で開催された、「看護を良くする会」の全国総会に広島の仲間と参加しました。新神戸から合流しての、楽しい旅行でした。 総会のあと、観光バスをチャーターしての16名での団体旅行です。 一日目は、終戦直前に皇室や軍部の中枢のために造られようとした、未完成の防空壕跡「松代大本営」、そして戦争で命を奪わ れた画学生の残した絵が展示されている「無言館
」を訪れて、浅間温泉に一泊。 翌日は、「ちひろ美術館」、「トンボ玉博物館」を見物しました。 写真は、広島からの参加者全員集合での記念写真と無言館入口。-△-
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2005.9.20 望遠鏡
夫が広島のデオデオで大きな望遠鏡を買ってきました。 港で魚釣りをしている人、船で働いている人、 遠くに浮かんでいる船がとてもよく見えます。 木に止まっている鳥もはっきりと見えます。 ニコンD70を接続して写真を撮るのだそうです。 高価なおもちゃがまた一つ増えて、 ウッドデッキからの私の楽しみも増えました。-△-
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2005.9.30 海苔養殖
北淡インターへの途中、海一面に浮きのようなものが広がってるのが見えました。 ガソリンスタンドのお兄さんが、「海苔の養殖が始ま ったんよ」って教えてくれました。 一面に広がった様子は、とても可愛くてお祭りのようです。 育波漁港から撮ってみました。望遠レンズでなくて残念です。
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2005.10.02
秋祭り★
北淡インターの近く漁師町・室津漁港のそばにある室津神社の秋祭りです。淡路はとても祭りの盛んなところで、あちこちで祭りがあります。 室津の祭りは特に賑やかで、他所に出ている人も、盆正月に帰れなくても、祭りには帰ってだんじりを担ぎます。 白装束でお神輿を担いでいるのは、厄年(42歳)の厄払いの若者?です。 淡路島の神社や鳥居は、震災でそのほとんどが壊れました。 どの神社の鳥居もお堂も真新しくなっていたり、まだ壊れたままだったりです。 この室津神社も震災から10年経って、昨年やっと新しく建て替ったばかりです。
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2005.10.14 ペタンク大会 ★
4月に合併して市になったばかり、旧町の女子職員親睦ペタンク大会が開催されました。小さな鉄の球を転がすゲームです。 事務所の職員、保育園の保母、診療所の看護師、保健師などなど、そして仕事を始めて2週間たったばかりの私も参加です。 夕方、近くの小学校の夜間照明の校庭で、ぺタンクってどんなの?と初めての人がほとんどの大会でしたが、男性職員の応援で、みんなしっかり楽しみました。 最後の表彰式で、ご褒美をいただいてみんなご機嫌でした。
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2005.11.01 高速バス停留所
11月1日、我が家から歩いてすぐの所に高速バスの停留所が出来、高速バスが停まるようになりました。 三ノ宮まで明石海峡大橋を渡って56分です。 西浦(淡路島の西側)の、過疎対策としての住民要求の実現で、駐車場や、駐輪場が整備された立派な停留所です。 これで、車無しで神戸まで行くことが出来るようになりました。 1日16便の運行ですが、車は必需品の田舎の生活で、無くても何とかなると思えるだけで、なんだかほっとするのです。
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2005.11.03 安産祈願
長い間子宝に恵まれなかった長女から、嬉しい知らせがありました。 いつも前を通り過ぎるだけだった、近くの「伊弉諾神宮 」へ夫と二人で「安産祈願」に行きました。 とても広くて大きな立派な神社で、七五三の可愛いお参りで賑わっていました。 「心が広い」神様は、都合のいい時だけの勝手な神頼みを、いつも叶えてくださいます。
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2005.11.05 11月の夕日
夏の間、山影に沈んでいた夕日が再び海に沈むようになりました。 休日、我が家からの夕日です。 日が沈む時間がどんどん早くなって、仕事を始めた10月のはじめには夕日を見ながらの帰宅でしたが、今ではすっかり沈んでしまっています。 通勤の道は播磨灘に沿った、サンセットライン県道31号線を15分。 そして、ステーションからも、訪問途中の道からも海が見えます。 先日は、海の向こうに明石や加古川の街、そしてその向こうの山々がくっきりと見えていました。 街の向こうの山が見えるのはとても珍しいのだそうです。 毎日変化する素敵な海の景色です。
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2005.11.06 再スタート
-★ブログ開設-
是非にとのお勧めで、訪問看護ステーションでのお仕事を始めて一ヶ月が過ぎました。「訪問看護」は今まで興味を持たずに過ごしてきた未経験の分野で、驚くこともいっぱいのドキドキの一ヶ月でした。 田舎道に迷って、慣れない運転で池のそばの細い道を必死で通り抜けることもありました。 第二の人生で、今までの経験を素直に生かせるよい仕事に巡り合えました。 楽しく働ける間、もう少しだけ・・がんばろう!です。
写真はステーションの窓からの播磨灘です。
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2005.11.12 七五三詣り
7歳と5歳の孫たちの七五三詣りです。 大阪の娘一家にお供して、平安神宮へいきました。 心配していた空模様、前日の雨もすっかりあがって晴天。 可愛い着物に着飾ったこども達とその付き添いの人たちで大変賑わっていました。 何事も合理的に簡素にと暮らしてきた、私たちの子育ての頃とは違う今の時代です。 
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2005.11.19 35年目の同窓会
★
看護学校を卒業して、35年目の同窓会です。 23名のクラスメートのうちの17名が遠く由布岳の麓、湯布院に集いました。 56歳の今年、現役で頑張っている人、働きながらも老親の介護をしている人、退職して第二の人生をスタートさせている人・・様々です。。 それぞれの生活はあっても、子育てから解放されて、心にもお金にも余裕の出来た年代です。 高校を卒業したばかりの18歳から21歳までの全寮制の3年間、ともに過ごしたクラスメートです。たちまち35年前にタイムス リップしての、楽しい2日間でした。 自らの健康に気をつけて、来年又元気で再会しようね!と誓い合いました。 温泉につかり、ずーーとおしゃべり、そしてテレビの韓国ドラマに見入っています。
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2005.11.26 東山寺の紅葉
土曜日の午後のひと時、淡路の奥座敷 長沢
の東山寺へ行きました。 夫と二人のちょこっとドライブです。 ドライバーは私、細い山道の運転も上手になりました。 淡路では最古の木造建物、東山寺山門にかかる紅葉が、真っ赤に燃えていました。
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2005.12.8 西浦の風
淡路は温暖な土地だと思ってやって来たのに、大違い。 西浦(島の西側)には、12月から3月まで冷たい北西の風が吹くのです。 海に沿った県道31号線を走る車は、いつとは無く海水をかぶります。 「車の下はさび止めをしないと穴があくよっ」て・・。どうやら、脅かしではないようです。 今日、夕方帰り道、突然バサッと海水がかかり、前が見えない状態になりました。本当にびっくりでした。 帰ってすぐに、真っ暗な中、頑張って車にシャワーをかけてやりました。 何しろ、大事な大事な私の相棒のミニカです。
写真は33年ほど前、結婚する前に私が夫にプレゼントした、手作りの毛糸のマフラーです。 長い間タンスに眠っていました。捨てられることなく、手元に有ったこのマフラー、冷たい西浦の風にお似合いです。 毎日の通勤に私が使うことにしました。
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2005.12.10 干し柿
淡路の特産品のお店「赤い屋根」で大きな干し柿用の柿を買いました。 広島では干し柿と言えば「西条柿」、淡路では「やまと柿」と言うのだそうです。 ちょっと大きすぎるのと、時期が遅くてお正月には間に合わないと言うことで格安になっていました。早速皮を剥いて干しました。 夫の大好物の干し柿、広島の田舎の義母が元気な頃には、よく送って来てくれました。 上手くできるかな?楽しみです。 先週、庭に植えた柿の木に実がなるのは何年先のことかな・・・?
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2005.12.17 57歳の誕生日
洲本から「南淡路水仙ライン」を南に少し走って、由良にある評判のフレンチレストランへ行きました。海の見えるレストランで
す。 私の57歳の誕生日、少し遅れてのお祝いのランチでした。 レストランからの眺めです。泳いでいけそうなのが成ヶ島、そして和歌山県友ヶ島、その向こうに紀伊半島が見えます。
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2005.12.25 広島でクリスマス
いまだに、広島と淡路を行き来している夫にお供して久しぶりに広島へ行きました。 いつもお世話になっているお仲間の方々と忘年会、そして3月まで一緒に働いていたお友達にも会って楽しいおしゃべりでした。 平和大通りのイルミネーションは今年もとてもきれいでした。 「デオデオ」へも行きました。夫とお揃いで、小さくなオーディオプレーヤーを購入、二人のクリスマスプレゼントです。 沢山の音楽を登録でき、USB
メモリにもなり、ボイスレコーダーにもなり、ラジオ(FM)も聴けるという優れものです。首から吊るしても全く気にならないライターくらいの小さな、そして高価なおもちゃです。
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2005.12.29 育波漁港の朝市
北淡インターのそばの育波漁港、今年最後の朝市です。 お魚の他にも沢山のシクラメンが並んでいました。 今朝沖で獲れたという、「メイタカレー」がピチピチと跳ねていました。 10〜15センチほどの小さな魚で、煮つけやから揚げにするととてもおいしい高級魚なのだそうです。 この魚、広島にもいたのかな?
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